木馬新聞50号

内容

エール

エールの放送が一時中断して、1回目から再放送をしている。

私はこのドラマは最初からは見ていないので、見ていない回を見られてよかったと思っている。
途中から見たもんだから主人公の作曲家がどういう人物なのか全くわからなかった。

昨夜、録画した1回目の放送を見た。
そうか前回の東京オリンピックの行進曲を作った人だとわかった。
ドラマでは、前国立競技場や神宮外苑のイチョウ並木なんかも放送され、50年前の東京ってあんなだったんだと思った。

6車線の青山通りが田舎の道のようだった。
昭和39年の東京オリンピックの頃、私は幼稚園の年長だった。
10月10日の開会式は家で家族そろってテレビで見ていたのだ。

その日はおそらく後に体育の日の祝日となるのだけれど、開会式が日曜かどうかはわからないけど、幼稚園は休みだった。父も会社が休みのようで一緒に見ていた。

父は東芝に勤めていたので、うちには比較的早くから色々な電気製品はあったのだ。

テレビの前には、開会式を記録したかったのだろう、オープンリールのテープレコーダーとマイクが置いてあった。
そのレコーダーが気分を暗くさせた。

まだカラーテレビは普及していなくて白黒テレビ。この言い方もおかしいよね。
開会式がどのくらいの時間かかったのかは覚えていないけど、クライマックスは選手団の入場行進だろう。

子供なので、テレビの前ではしゃぐわけですよ。
その声が、録音されるのが嫌だったんだろう、私がはしゃぐたびに、父の「うるさい黙ってろ」
と怒鳴るのである。

その都度いったんはおとなしくなるのだが、またはしゃいでは、怒鳴られるの繰り返しであった。
開会式に限っては楽しい思い出ではなかったな。

そうやって録音したテープは再生されたかと言えば、私の記憶では一度も再生されることはなかったのだ。

よく、思い出はモノクロームみたいに言われますが、白黒テレビの中の日本選手団は鮮やかな赤のブレザーと真っ白なスラックスだと思っているのだが、これは後に発売された週刊誌のグラビアや記録映画が総天然色だったせいで、思い出に
色を付けてくれているのかもしれない。

大瀧詠一の曲に「君は天然色」というのがあり、作詞は松本隆なんだけど、サビの部分に「思い出は、モノクローム、色を付けてくれ」と。

本当に、思い出や夢はモノクロームなんだろうか?

エールの1回目の放送で、もう一つ印象に残ったのは吉田拓郎の「ある雨の日の情景」が数回流れたことだ。
きっとこのドラマのプロデューサーの中に拓郎ファンがいたものと思われる。

昭和39年の東京オリンピック当時、拓郎はデビューもしていなかったのだ。

エールのドラマを通して、50年間を振り返るきっかけになりました。
50年はあっという間であること。

少年老い易く学成り難しである。
今回はこれが一番言いたい。
「少年」か「青年」かちょっと迷って調べたりもした。
この意味は「若いうちはまだ先があると思って勉強に必死になれないが、すぐに年月が過ぎて年をとり、何も学べないで終わってしまう、だから若いうちから勉学に励まなければならない」だそうです。

自分にも言い聞かせるつもりです。

オリンピックは1年延期になりましたが、来年絶対に開催してもらいたい。
一生のうちで2度も自国開催が許されるなんて、奇跡だ。
一生のうちで戦争に遭遇しなかったなんてこれも奇跡。

この仕組みに感謝したいと思います。

院長 髙安洋

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