木馬新聞21号

内容

東京オリンピック

リオデジャネイロオリンピックが終わりました。
日本人選手の活躍に多くの方が感動したのではないでしょうか?

さあ、次は4年後の東京オリンピックです。
私は1964年のオリンピックの時は5歳でした。幼稚園の年長でした。
三鷹に住んでいましたので、今も三鷹ですが、調布の甲州街道がマラソンの
折り返し地点なので、応援に行こうと話していました。
現実は家でテレビで応援していました。開会式とマラソンは今でもはっきりと
覚えています。

エチオピアのアベベがオリンピック史上初めてのマラソン2連覇を目指していたのです。
東京オリンピックでは靴を履いていましたがその前のローマオリンピ ックでは裸足で走ったそうです。
予想通りアベベは国立競技場にトップで入りそのまま優勝。
だいぶ離されて円谷選手が2番目に入ってきたのですが、すぐ後ろにイギリスのヒートリー選手が追ってきたのです。
家族みんなで円谷選手を応援しましたが、残念ながら抜かれて3位となりました。
それでも我々は円谷選手の銅メダルに大満足して讃えたものでした。

開会式もすばらしかったです。白黒テレビしかなかったのに、脳内画像では色が付いているんです。
不思議ですよね。真っ青な空。日本選手団の鮮やかな赤のブレザー。
思い出ってカラーですよね。私は大瀧詠一のファンでもあるのですが、「君は天然色」という曲があります。
「思い出は モノクローム、色を付けてくれ」という詩があるんですが、わたしはいつも色は付いてるんじゃないのと思うのです。

そうそう、開会式ですが、父は東芝に勤めていました。ですから電気製品は早くから最新のものがあったんです。
その頃はビデオはありませんでしたが、オープンリールのテープレコーダーをわざわざ買ったんですよ。
なんのためかって?多分、開会式のテレビ中継の音を録音したかったんでしょう。

先ほども言いましたが、私は5歳ですよ。弟は3歳。テレビを見れば、はしゃぐわけですよ。
何かしゃべった瞬間に父の「黙ってろ」の怒鳴り声です。
Kおわいですよ。誤植じゃないですよ。「KOWAI」つまり「怖い」ですよ。
その頃の父親って のはどこの家でも怖かったんですよ。
録音が終わって、それを再生したか?1回くらい聞いたかもしれませんが、聞くわけないんですよ。
それなのに、あんなに怒鳴りつけやがって。まあ東京オリンピックのいい思い出ではあるのです。

うちの母は今年89歳です。2020年の東京オリンピックは見たいと言っています。
長生きすればいいことがあるもんです。
さて、4年後は今以上に海外から外国人が多く来日するでしょう。
良くも悪くも、我が国をアピールするチャンスです。
日本人はおおむね良くは思われているんです。親切ですしね、街もきれいです。

でも、口の中は酷いと思われています。歯が抜けていてもそのままの人もたくさんいます し、
歯並びだって悪くても放置したままの人も多いです。

口臭に関しても、なぜ日本人の口は臭いんだ?と思われているそうです。

全て、木馬歯科で解決できます。
日本は2%、アメリカ70%、イギリス80%、スウェーデン90%これは何の数値かと言うと、
痛くもないのに歯科医院に通う率なんです。
欧米の考え方は痛くならないために歯医者に通うのです。
日本は痛くなったら歯医者に行くのです。
歯科検診に行く割合のグラフ
木馬歯科の患者さんは現在3割の方が定期的にブラッシング指導や清掃に通院されています。
きれいな歯、笑顔で外国人をお迎えしましょう。これも「お、も、て、な、し」です。

(木馬歯科院長・髙安洋)

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